4月5日 復活の主日 マタイ28章1~10節 急いで行って告げなさい
みなさん、主の復活おめでとうございます。復活の主日は「聖なる徹夜祭」(とはいっても今は徹夜しませんが)の土曜夜のミサ、そして日曜日の日中のミサで福音が異なります。日中のミサでは例年ヨハネの福音の20章から、徹夜祭は他の三つの福音から、今年はA年なのでマタイの福音が読まれます。
マタイの福音では弟子たちが帰ったあと、マグダラのマリアともう一人のマリア(ヤコブとヨセフの母でしょうか)にイエスが現れますが、日曜日のヨハネの福音ではマグダラのマリアだけが墓に行き、イエスに会う前に弟子たちのところに行くので、二つの福音には相違点があります。しかし、お墓にはイエスの遺体がなかったことから始まるのはどの福音書も同じです。ただし、他の福音では墓のふたをしてあった石はすでに転がしてありましたが、このマタイだけは大きな地震とともに天使が転がしたことになっています。もちろん、このときにイエスが復活したということではありません。二人の女性の驚きが表わされていると考えることもできるでしょうか。
そのあと、二人は天使の言葉に従って弟子たちのもとに走ります。そこにイエスが現れて弟子たちにガリラヤに行くように告げられます。せっかく会えたのにそっけないようですが、イエスは彼女らを派遣されたのでした。四旬節第三主日のサマリアの女性の姿と重なりますね。男性の弟子たちが捕らえられたイエスのもとから逃げてしまったのに、女性の弟子たちはイエスの最期を見届けたこと、最初に墓を訪ねたことともかかわりがあるかもしれません。いずれにしてもイエスに従っていた人々に、イエスの復活は少しずつ広まっていきました。もちろんイエスご自身が現れてそれを示されるのですが、その最初は女性たちの報告によるものでした。
復活節第二主日までは復活の八日間と呼ばれ、平日も栄光の賛歌が歌われ、第二朗読こそありませんが主日に準ずる典礼となっています。これは、復活のお祝いが第二主日まで続くことを意味しています。そして福音では徐々にイエスが復活したことが明らかになっていきます。「毎日のミサ」では聖週間と復活の八日間は別冊を使うのですが、聖週間だけの冊子や聖書と典礼などがあっていつもわたしはあたふたと混乱します。「毎日のミサ」に載せてくれたら探さなくてもいいのに、と司祭の集まりでぼやいたら「整理してないあんたが悪い」と言われました。まさにその通りなのですが、去年も書いたかな。
このように、復活の出来事はイエスとの出会いによって知らされていきます。わたしたちは生身のイエスに会うことはありませんが、さまざまな体験や秘跡、みことばを通して、人との交わりを通して復活のイエスと出会います。そこには復活を伝える教会とともに働いてくださるイエスがおられます。復活を祝ったわたしたちも、マグダラのマリアともう一人のマリアのように復活を告げ知らせるよう派遣されています。
(柳本神父)
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